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【リレー小説】そろばん教室 久保塾で過ごした日々 [転載禁止]©2ch.net

1 :1:2015/04/07(火) 18:45:51.02
みんなでリレー小説書こうぜwww
とりあえず、タイトルだけつくってみたw

そろばん教室 久保塾で過ごした日々

です。
あとはみんなで適当につなげてください。

特にジャンルなどは決めていないので、お好きなように。
過去に出た設定は無視しないでね。(展開で、過去の設定をつぶすのはあり)


【ルール】
・名前欄に通し番号を振る
・通し番号がかぶったら、先にアップした人の内容を優先して、粛々と進める
・1度書き込んだら、その後6時間は書き込み禁止
・できるだけ、同じ人が連続で書き込むことのないように
・小説以外の書き込みは控えてください
・sage進行です。

※もしかしたら実在の団体や人物と同名になるかもしれませんが、実在のものに迷惑がかからないようにしてください。
※そんなわけで、この物語はフィクションであり、実在の人物・団体とは一切関係ありません。

61 :52:2015/05/01(金) 09:46:06.49
「やった! 和風に変身成功だ!」
歓喜に打ち震えていた。

久保と真理子は手を取り合って喜んだ。
「和風や! 頭には通天閣がそびえてるで!」
「あっ! お腹は東京ドームね!」
ジョニーは、ごちゃまぜなご当地キャラのような姿になっていた。

久保は名案を思い付いたかのようにジョニーに言った。
「ジョニー! 名前も和風に変えんかい! もうジョニーじゃ勝てんで!」
真理子も同意した。
「そうよ! 日本男児らしい名前にするのよ!」

その声にジョニーは困惑したが、華はすでにその場にいなかった。

62 :55:2015/05/01(金) 15:54:11.71
「華ちゃんは!?」
あたりを見回すが、華の姿はない。
「後ろや! 志村……じゃなくて、ジョ、助兄(じょにい)! 後ろ後ろ!」
久保が勝手にジョニーの名前を和風に改変した。

ジョニー、もとい助兄が振り向くとそこには――!? 

63 :56:2015/05/01(金) 16:15:04.59
「おい、何書いとんねん」
久保塾長に頭を小突かれて、ジョニーは我に返った。

「いや、これは・・・」
慌ててノートを隠そうとしたが、時すでに遅し。
ジョニーがコツコツと書いてた小説は、塾長の手の中だ。
「何々・・・『強靭なる羅刹となった華だった・・・』』? なんやこれ、華ちゃんがえらいことになっとるな」

顔を真っ赤にして手を伸ばすが、所詮大人と子供。
片手であっさり御されてしまう。

「ギターキックかあ・・・。なるほどなあ」

そこへ、騒ぎに気付いた華たちが集まってきた。
「え〜、何々、私がどうしたの?」

「いや、それがな・・・」
嬉々としてしゃべろうとしたものの、ジョニーの目に涙がたまってるのを見て、塾長は口をつぐんだ。
さすがにその程度の分別はつくのだ。
「わかったわかった。そないに明石のタコみたいに顔真っ赤にせんでええ。ただ、後で塾長室にノート取りに来い。ええな。」

ジョニーは黙って頷いた。声を出したら、涙があふれ出しそうだったからだ。
「みんな、席に戻れ。計算中は席を立たない。大阪では常識や」

華も裕司も、興味津々だった他の生徒も、しぶしぶ席に戻り、計算の続きを始めた。
ジョニーはしばらく唇を噛んでいたが、やがて鉛筆を手に取り、みんなと同じように数字の世界に没頭していった。

64 :57:2015/05/01(金) 20:45:53.02
ジョニーには密かな夢があった。誰にも打ち明けてない夢があった。

小説家になりたい――

幼い頃から少しずつ温めていた夢だった。
けれど塾長のニヤニヤした顔を思い出すだけで死にそうになる。
(俺に才能なんかないんだろうか……)
ジョニーは重い溜息を吐いた。
授業なんて頭に入らず、みやったのは窓の外。スカイツリーが輝いている。
(小説みたいな世界ならよかったのに……)

65 :58:2015/05/02(土) 01:47:57.78
ジョニーは授業が終わった後、塾長室に行ったが久保はいなかった。
「すいませーん」
呼びかけるが返事はない。
「塾長?」
そこには、塾長の姿があった。
血まみれで倒れている塾長はすでに死に絶えていた。
慌ててジョニーが塾長に近づいたその時、
「きゃあああああ!!!!」
いつの間にか華がジョニーの後ろに立っている。
「ジョニー君、なんで……」
華はジョニーと目が合うと逃げ出した。

66 :52:2015/05/02(土) 15:35:03.82
「華ちゃん! 違うんだよ!」
ジョニーは追いかけようとしたが、塾長を放っておくわけにもいかない。
走り去る華に追いすがりつつ、塾長を改めて見た。

白いワイシャツが真っ赤に染まっている。
何とも言えない血の匂いが立ち込め、空気を澱ませている。
その血は既に塾長の体から出きったようで、あらかた固まっている。

「だだだだだ、だれかに言わなきゃ」

ジョニーは塾長の真理子を探しに駆け出した。

67 :60:2015/05/02(土) 17:47:31.05
「ふ、藤村ァ!?」
真理子を探しに行ったジョニーであったが、かばんを教室に置きっぱなしだったことを思いだした。
いったん教室に戻ると裕司が倒れていたのだ。
久保と同じように血に染まった裕司はピクリとも動かない。
駆け寄ったジョニーであったが、すでに息がないことを悟っていた。
その藤村の手に、何かが握られていることがわかった。それは――

68 :61:2015/05/03(日) 23:01:58.98
「ふぅ・・・」

塾長の久保はここまで書いて筆をとめた。
ジョニーの小説、それは小説と呼べるか分からないが、ジョニーにとっては小説と呼べるもの、に触発された。
塾長の久保も小説家を志していた。
学生時代は何度も出版社に持ち込んでは、けんもほほろに突っ返されたものだ。
青春の苦い思い出がよみがえった。

なんとなくジョニーの小説のテイストを真似たものの、もう続かない。

69 :62:2015/05/04(月) 19:10:20.52
「やっぱり、わしには才能がないんやろか……」
久保が珍しく弱音をはいた。
「そんなことないですよ」
久保の後ろから声がする。
「誰や……?」
久保が振り向くとそこにはジョニーがいた。

70 :63:2015/05/04(月) 23:17:25.94
ジョニーの体が震えている。
いや、違う、あれは――

「なっ……!?」

久保は息を呑んだ。
ジョニーはソロバンに、まるでローラースケートの如く乗っていたのだ。
その絶妙なバランス感覚。震えているのは全力でバランスを取っているからだ。

71 :64:2015/05/04(月) 23:36:01.31
ガシャンッ!
ジョニーは盛大にずっこける。
ソロバンが地面をひとりでに走り、やがて止まった。
ジョニーはすぐに起き上がると、またもやソロバンに乗ろうとする。
乗ったかと思ったが、すぐに転倒した。
「な、なんや……」
久保にはとてもできないと思った。
ソロバンに乗ることなんかできっこないと。
しかしジョニーには諦める様子はない。
再びソロバンを乗りやすいようにセットする。
よく見れば、ジョニーの体にはあちこち痣が出来ていた。
それはソロバンに乗り始めたのが今日や昨日ではないということだった。

出来る出来ないではなく、やるかやらないか。
ジョニーの挑戦に、久保は胸が熱くなってきた。

72 :65:2015/05/04(月) 23:57:10.32
熱くなってきたのに、裏腹に無口になっていった。
応援は、しないでおこう。
ただ見守るだけだ。
そして、ジョニーがそろばんに乗りこなせるようになったら。
応援なしでできるようになったら。

おれも、もう一度小説を書こう。
久保はジョニーに応援されているような気がした。

73 :66:2015/05/05(火) 11:30:36.78
塾長室から見えるスカイツリーはライトアップされている。
夜はとっぷりと更けていて、終電はとっくに発車していた。
こんな時間まで何アホなことしてんねん!――言おうと思ったがやめた。
そんな時間までジョニーの挑戦を飽きもせずに見ていたのは久保自身だ。

ついにジョニーはソロバンを乗りこなしたのだった。
「やった! やりましたよ塾長!」
今何時なのかわかっているのかいないのか、ジョニーは深夜には不適切な喜びの叫びをあげる。

74 :67:2015/05/05(火) 13:38:35.98
「ジョニー、お前っ……!」
こみ上げる思いに久保の瞳から熱い涙が溢れる。
努力の尊さ。諦めない事の美しさ。
「やりました……ついにやりましたよ!」
「凄いじゃないかジョニーっ……!」
よくやった、なんて言葉を何度も繰り返しながら塾長は生徒と熱い抱擁を交わした。

75 :68:2015/05/05(火) 17:31:25.59
「どないしよ」
久保が呟いた。
深夜遅くにジョニーを家に帰すのは気が引けた。
かといって、塾に残してほなさいなら、で終わる訳にもいかない。
残る選択肢は、
「ジョニー、わしの家に泊まっていくか?」

76 :69:2015/05/06(水) 12:39:25.62
ジョニーは久保の家に泊まることにした。
幸い、ジョニーの両親は久保と知り合いだった。そして明日は休日。
久保の自宅はそろばん教室の2階だった。
妻はお風呂を沸かしておいてくれた。

ジョニーがお風呂に入っている間、久保は妻の真理子にいきさつを話した。
そろばん塾を続けながら、小説をもう一度書きたいことも。
そろばんの天才であるジョニーを、そろばん講師に育てようと思っていることも。

77 :70:2015/05/06(水) 22:14:53.90
「それで、あなたは満足なの?」
真理子の言葉に久保は、二の句が継げなかった。
「あなたは、片手間で小説を書きたいの?」
真理子がもう一度言った。
今度の意味は久保にも分かった。
つまり、
「そろばん塾をたたんで、小説に専念した方がええっちゅうこっちゃな」

78 :71:2015/05/06(水) 23:26:23.03
深刻な雰囲気が流れる一方、風呂場のジョニーは――
「ばばんばばんばんばん♪ ハ〜ァびばのん」
ノリノリでバスロマンしていた。
「水も滴るいい男♪ フーゥ!」
ジョニーはお風呂に入るとテンションがちょっとアレになるタイプなのであった。
と、その時である。
ジョニーは僅かに開いた窓から誰かの視線を感じ取った!

79 :72:2015/05/07(木) 00:20:46.03
「あ、あかん! バレたかもしれん! 俺が藤村裕司だってバレてもうたら一巻の終わりや!
 ここは逃げるで! 漢藤村、ジョニーになぜか惚れてもうたとバレるわけにはいかへんのや!」
覗きの犯人はご丁寧に身分を証明しながら逃げて行ったようだ。
明日藤村にあったらなんて言おう……
「夜霧よ今夜もありがとう……」
テンションも別な方向にアレになっていた。

80 :73:2015/05/12(火) 12:45:49.79
さて髪も体も洗ってスッキリしたジョニーは風呂から上がった。
「あーサッパリした〜」
ジョニーは髪を拭き、体を拭き……ここでハッと気が付く。
「そうだ、着替えどうしよう……」

81 :74:2015/05/12(火) 12:47:25.70
何分、急に塾長の家に泊まる事になったのだ。
着替えなんて持って来ている筈がない。
一応としては、今日着ていた分を着る事もできるのだが……折角風呂で綺麗にサッパリとしたのに、一日着ていた服をもう一度着るのも、何だかなぁ……。
ジョニーは結構綺麗好きなタチなのであった。

82 :75:2015/05/12(火) 12:50:17.14
と、そこへ、扉越しに声をかけてきたのは真理子である。
「ジョニー君? これ、あなたに『お届けものです』って」
ちょっとだけ開いた戸の隙間から差し出されたのは、パジャマに下着と着替え一式であった。
「え? これ、誰からですか?」
「あれ、ご家族の方じゃないの?」
「え、え?」
「なんだか帽子を目深に被っておられたから、顔は良く分からなかったんだけど……」
「そうですか……」

83 :76:2015/05/12(火) 12:52:10.49
なんにしてもラッキー……いや、ちょっと不気味かもしれない。
ジョニーは先程の風呂場の出来事を冷静に思い出していた。
(そうだ……俺、なんか、シャワーシーンを覗かれてなかったか……?)
あの時は風呂場でテンションが変になっていたが、よくよく考えれば一大事である。
(確か……犯人は何か言っていたような……)
ジョニーは必死に犯人が言っていたことを思い出そうと試みた。

84 :77:2015/05/13(水) 13:30:03.48
でも頑張っても思い出せないので、取り敢えず服を着ようそうしよう。
……と思ったけれど、見知らぬ人からいきなり渡された服を着るのもなんだかなぁ……。

考えに考えた挙句、ジョニーは結局さっきまで来ていた服を着る事にした。
幸いにして明日は休日、学校もない。
久保の家に長居をするのも失礼だろうと考えたジョニーは、「明日は早く起きて早く家に帰ろう」と思ったのであった。

85 :78:2015/05/13(水) 13:32:16.04
そして簡単な食事を済ませ、空き部屋に客用の布団を敷いてもらい、ジョニーは久保夫妻へ「おやすみなさい」を告げると部屋の電気を消して布団の中に潜り込んだ。
真っ暗闇の中で真っ黒い天井を眺めつつ、ジョニーは眠気にまどろみながらも再度、さきほどのことをかんがえていた。
自分の風呂シーンを覗いていた犯人が言い放った言葉についてである。

86 :79:2015/05/14(木) 11:12:22.45
『あ、あかん! バレたかもしれん!』

(確か……関西弁を喋っていたような……)
そしてこの後の言葉が上手く思い出せなかった。「ここは逃げるで!」と言っていたような気はするのだが。
(同じ関西弁使いなら……藤村ならなにか知っているかも……)
などと思いながら、ジョニーの意識は眠りに落ちていった。

87 :80:2015/05/14(木) 11:15:47.48
翌朝。
「折角やから一緒に食べようや」と真理央の願いから、ジョニーは久保夫妻と朝食をとっていた。
「おかわりはいっぱいあるからね〜」
真理子はいつもより賑やかな食卓に嬉しそうだ。
ふるまわれたのは、白米、味噌汁といった、日本の極一般的な朝食である。
「お味はどう、ジョニー?」
「美味しいです、ありがとうございます」

88 :81:2015/05/14(木) 11:18:16.00
真理子にそう答えたジョニーは、しばし箸を止めた。
言うまいか悩んでいたが、念のためと思い、口を開く。
「あの……。実は」
言おうとしたのは勿論、昨晩の『覗き魔』についてだ。あの覗き魔はひょっとしたら久保夫妻のどちらかが狙いだったのかもしれない、そう思うと彼らの安全のためにも言うべきだとジョニーは判断したのだ。
けれど、「ちょっと待った!」と真理央。

89 :82:2015/05/15(金) 10:49:06.08
「え、どうしたんですか?」
一体なんだろうとジョニーは真理央を見やり、緊張しながら彼の言葉を待った。
「うむ……」と頷いた真理央は箸を置き、一間を空ける。
そして徐に言い出したのは、こんな言葉だった。
「実は……もう、そろばん塾を畳もうと思っとるんや」
「なんですって!!?」
ジョニーは思わずと声を大きくした。

90 :83:2015/05/15(金) 13:01:02.43
「そんな……でも、一体全体どうして?」
「急な話やと思っとる。ジョニーが驚くのもしゃあない話や……」
でもな、とジョニーを見返す真理央の目は真剣だった。
「わしは……小説家になろうと思う」
「小説家に……!?」
「せや」
真理央は深く頷いた。

91 :84:2015/05/15(金) 13:03:33.09
「そうですか……」
ジョニーは俯く。
真理子が二人を見守る中、しばし沈黙が流れた。
「でも、それが塾長の夢なんですよね。だったら、俺……応援します、塾長のこと!」
顔を上げたジョニーはそう言いきった。
「ジョニー……!」
「そろばん塾がなくなるのは、そりゃ寂しいけど……皆に会えなくなる訳じゃないですしね。それに、みんな良い奴ですから、きっと塾長の夢を応援してくれるはずです」
「せやろか、身勝手な大人やと思われへんやろか」
「何言ってるんですか塾長、あなたの生徒ですよ」
「そうか……」
と、真理央もどこかはにかむ様子で微笑んで見せた。

92 :85:2015/05/16(土) 13:09:03.70
「それで、ジョニーが言いたかった事は?」
そう尋ねたのは真理子である。
ああそうだ、と思い出したジョニーは「実は」と再度改まった。
「昨日の夜なんですけど……風呂場に覗き魔が出たんです」
「な、なんやて!?」
ジョニーの告白に真理央は思わず席を立ちながら聞き返した。
「僕が彼に気づいたら、『あ、あかん! バレたかもしれん!』って関西弁を言い残して走り去っていったんです……」
「ほんまかいな……こりゃ警察に届けとかなあかんな」
「覗き魔だなんて、いやぁねぇ」
久保夫妻は険しい表情だった。

93 :86:2015/05/16(土) 13:12:35.95
さて、朝食を食べ終わったジョニーは、「それでは俺はこれで」と久保夫妻に頭を下げた後、自分の家へと帰った。
「あらおかえりジョニー。久保先生から電話で事情はおうかがいしてたわよ」
母親は笑顔で息子を出迎えた。
ジョニーは「ただいま」を母親に返しつつ、
「あのさ……久保塾、たたむんだって」
「ええ!?」
「久保先生、小説家になりたいんだってさ」
「あら、まぁ、そう……」
母親のそんなリアクションを聞きながらジョニーは思った。
次にそろばん塾に行く日で、久保塾で過ごす日々は最後なのかな、と。

94 :87:2015/05/16(土) 13:18:35.50
そして最後の日はやって来た。
そこに藤村祐司の姿はなかった。
「あれ? 藤村は?」
「藤村君、不法侵入だとか色々あって警察に捕まったって……なんでも、他人のお風呂を覗いてたとか」
ジョニーにそう答えたのは華だった。
(まさか……あの時の覗き魔は……)
ジョニーは咄嗟にそう思ったが、まさかアイツに限って、と浮かんだ考えを頭を振って振り払った。
なんにしても、一人足りないが、今日は最後の日である。
全ての生徒達は事情を知っている。そして塾長を否定するものはいなかった。

塾での時間はいつも通り進んでいった……暗算マスターのジョニーは物足りなさげに授業を受け、華は真面目に取り組み、真理央は昨晩の阪神の話をはじめ、すると真理子が巨人を推してくる……
賑やかで、ささやかな時間は、そうやって最後の時を迎えた。

久保塾はなくなるけれど、もう二度と会えない訳ではない。
久保塾で過ごした日々は、間違いなく彼らにとってかけがえのない宝物である――。

95 :88:2015/05/18(月) 09:45:53.05
久保塾の看板が取り外された教室の前を通るのは、しばらく辛かった。

やはり思い出してしまうからだ。あの日々を、そして藤村のことを。

結局、藤村が逮捕されたというのはデマだった。
不法侵入で事情聴取されたというのも、あながち嘘ではないらしいが、このことになると大人はみんな口をつぐんでしまう。
口さがない女子たちは、憶測だけで噂を広め、そのたびにジョニーは藤村をかばっていたが、やがてみんなの関心は次の噂にうつり、藤村の話題が出ることはほとんどなくなった。

結局、真相は闇の中だ。
ジョニーにとって残ったのは、親友が忽然と姿を消したという事実だけだった。

女子たちの噂ににいちいち反論しているうちに、ジョニーはどこか孤立した存在になり、華とも少し疎遠になっていた。
華自身は噂に加担していないが、やはり学校というコミュニティの中では、そうせざるを得ないのだろう。

96 :88:2015/05/18(月) 10:11:50.88
あれから2か月。
今日もジョニーは孤独感を胸に、下校していた。

帰ったら何をしよう。
考えてもむなしいだけだ。
ゲームもテレビも、なんだか幼稚なものに思えた。

久保塾での、血の通ったやり取りとくらべると、どうしても見劣りしてしまうからだ。

(あの角を曲がったら・・・元・久保塾か。)
いまだに、そこを通ると胸がざわざわする。

たいてい遠回りしてこの道は避けるのだが、なぜだか今日は通りたい気分になったのだ。

(もう大丈夫かと思ったけど・・・まだまだだな。)
そう思いながら、角を曲がる。

見たくないと思っても、やはりあの建物に目が行ってしまう。

・・・ふと目をやって。
フリーズする。
え?
あれ?
なんで?
どういうことだ?

そう、建物には、あの頃と同じ久保塾の看板がかけられていた。

97 :88:2015/05/19(火) 17:44:26.88
>>96の通し番号は89でした。すみません。

98 :90:2015/05/19(火) 19:52:53.28
「久保先生!?」
息急き切って塾の玄関へ飛び込んだジョニーは、その光景を目の当たりにして息を呑んだ。
「こ、これは……どういうことだ」
かつてそこに並んでいた机は一切取り払われ、むき出しになった板の間の上には黒装束姿の者たちかわズラリと立ち並んでいたのだ。
「ジョニー」
ジョニーの名を呼び、黒の集団の中から一人、歩み寄ってきた体格の良い男。
「久保先生……」
覆面をしていてもその声でわかる。
「先生、一体これは……」ジョニーは唾を飲み込んで、言葉を続けた。
「この人たちは一体誰なんですか。僕たちの算盤塾はどこに行ったんですか。先生は、小説家になるんじゃなかったの。なんで、こんな……こんな、忍者みたいな人たちが塾にいるんですか!?」

99 :91:2015/05/19(火) 21:09:42.74
「そろばん塾は仮の姿……」
久保先生は静かに切り出した。
居並ぶ黒装束の男たちは、体を先生に向け、泰然として話を聞いている。
その場で動揺をあらわにしているのは、ジョニーだけだった。
「仮の……姿……?」
「そう。我々はそろばんという古の算術を通して、誰が我々の仲間になるにふさわしいか見極めていたのだよ」
「え?」
「そして、選ばれたのが、君だ。ジョニー、おめでとう」
「え、え?」
「華くん」
「はい」
「え、え、え?」
すでに黒装束に身を包んだ、華。
「彼女も、選ばれし勇士だ」
「え、え〜!?って、何が起きるんですか〜!!?」
驚きを隠せないジョニーに、すっと黒装束が差し出された。
「ジョニー。以前、君の風呂を覗いた裕司。あれは君の忍びの適性を測るための試験の一つだったのだよ。気配を消していた裕司を、君は見事に見破った」
「……」
「君に任務を与えよう。裕司と華とチームを組むがいい」
「裕司……。でも、裕司は行方知れずで!」
「ジョニー」
「華」
「 裕司はいつもあなたのそばにいたわ」

100 :91:2015/05/19(火) 21:16:02.63
「それは、俺が代わりに答えたる」
 久保の隣に進み出てきた小柄な少年は、覆面を取るとニッと笑って見せた。
「藤沢!」
「藤沢ちゃうわ。藤村や、藤村。今、本気のぼけやったろ。おまえ、何年俺と友だちやってんねん」
「そんなことはどうでもいい。それより、なんなんだよこれ。なんでそろばん塾が忍者まみれになってんだ」
「それはやな、ジョニー。実はこのそろばん塾、俺が受け継ぐことになったんや」
「なんだって!?」
「塾長は、本当はおまえに跡目を継がせる気やった」
「跡目って……俺なんの関係もないんだけど」
「けど、おまえはそろばんより暗算が得意なんがわかって。実はそれがわかったのも、俺がおまえを見はっとったったからなんや」
「見張ってたって、なんで」
「実は、俺、先祖代々続く、忍者なんや」
「ええっ!? 度肝抜かれたけど、今。それ、マジバナかよ!?」
「せや。おまえには嘘はつかへん」
「絶句だわ」
「絶句、言うてるやん」
「意味分かんねえよ。どういうことだよ」
「だから、俺は久保さんに雇われた忍者やったんや。そんで、おまえが後継にふさわしいかどうか調べていた。
けど、おまえは暗算派てことがわかったから、久保さんも塾の後継は諦めて小説家になろ思ったんやろ。けど、忍者小説書いてるうちに、忍者になりたい思ったらしくてな、
俺がこの塾ついで忍術教えることになったんや。まあ、それだけやと稼げんから、そろばん塾も
続けるけどな」
「それじゃあ、今日からここはそろばんあんどにんじゅつ塾!?」
 

101 :93:2015/05/20(水) 05:59:43.16
訳がわからず立ちすくむジョニーに、教室の奥から着物のに身を包んだ
真理子が出てきて言った。
「まあ、理由はともあれ、貴方は今日からここで忍術修行をするのよ」
なんでそうなるのか、ジョニーには皆目わからなかったが、ここで逆らえる勇気もジョニーにはなかった。
とにかく、そろばん塾とは仮の姿であったことは確からしい。そしてジョニーは、忍の
仲間となり、久保の後継者となるべく修行を積まねばならぬらしい。
これも宿命か……。
うなだれるジョニーに、華が進み出て来てその手を握った。
「また一緒に頑張ろうね、ジョニー」
その華の笑顔に、ジョニーは思わずだらしなく笑った。
華と組むのなら悪くない。
「そうだね、華。二人で、力を合わせて――」
「うん。絶対優勝しよう。今度の忍術大会!」
「……ん?」
忍術大会?
あ然とするジョニーに、華はなおも笑顔で言った。
「そうよ。優勝すると豪華ドイツ旅行が賞品として貰えるの。私、ドイツのホットドックを一度
食べてみたかったの。だから、絶対優勝しようね。死ぬ危険もある危険な大会だけど。私たち
ならきっと大丈夫だよね」
嬉嬉として言われ、ジョニーはただただ呆然とするのであった。

102 :94:2015/05/20(水) 09:59:05.52
「さあ、これが君の使う武器だ」
そう言って久保に手渡されたのは、そろばん。
それも極小サイズのものだった。
「レベルが上がるごとにこのそろばんのサイズは大きくなる」
「俺みたいにな」
裕司が背中に手をやり取り出したのは、2mはあろうかというでっかいそろばん。
「お前も早く、このレベルに上がってこいよ」
「ていうか、それ、どこに隠してたんだよ!」と突っ込む言葉すら出てこないくらい、ジョニーは呆気にとられていた。
「ともかく」
久保がその場をまとめるように低い声を出した。
「忍術大会は1か月後。それまで君は、ここにいる数多のツワモノを倒せるくらいにはならないといけない。華くんにすら負けるようでは話にならん。血の滲むような修行になることを覚悟せねばならんぞ」
「せ、先生。1か月後と言えば、巨人のマジックが点灯している頃ですが大丈夫ですか?」
ピクリと久保のこめかみが動いた。
「マ、マジック!い、いや……。今はそれどころではない。君に一刻も早くそろばん忍法を身に着けさせるのが先決だ。く……今年は最下位に甘んじているが、来年こそは必ず!!」
熱烈ファンという顔を封印してまでも、どうしてそこまでジョニーに期待するのか。
ジョニー自身には全く見当もつかなかったが、どうやらこの状況では、自分もそろばんを持って修行に励まざるを得ないらしい。
妙な男気を出してしまったジョニー。
その場の雰囲気にあてられたものか、あとから後悔することになるとも知らず……。
過酷な修行の日々へと足を突っ込んだのだった。

103 :95:2015/05/20(水) 17:53:40.59
ジョニーの修行は熾烈を極めた。
そろばんの弾きすぎで、医者にはもうあと一回そろばんをはじけば、ジョニーの指の命の保障はないと
まで言われている。
それでも、大会優勝を諦めるわけにはいかなかった。
愛する華のために。
そして、生まれてくる二人の子どものために……。

104 :95:2015/05/20(水) 21:46:29.07
そう。いつか生まれてくる子供……。
それは未だジョニーの妄想でしかない。
華にはそんな気はさらさらなく、今はドイツのホットドックのことしか頭にない。
華のジョニーに対する愛など皆無だ。
修行の辛さを、華との幸せな妄想で紛らわせるジョニー。
少々痛い男になりつつあったが、それもそろばんで痛めた指のせいだ。
それでも、極小だったそろばんは、この半月で普通のそろばんサイズになっていた。
時間がない。
久保の指導は、さらに苛烈を極めて行った。
「そろばんの真髄を見抜け!」
耳がタコになるくらいに言われた言葉。
しかし、ジョニーは、まだその真髄を見破れていない……。

105 :95:2015/05/20(水) 22:00:10.45
>>104の通し番号は「96」でした。すみません!

106 :97:2015/05/21(木) 06:20:33.04
そうしてついに、大会本番の時を迎えてしまった。
未だそろばん忍術の真髄もつかめぬまま、ジョニーは大会の行われる
とある山奥へと足を踏み入れた。
既に辺りには異様な雰囲気が漂っている。
木々はうっそうと茂り、木漏れ日も届いていない。
車も通れないけもの道の先にその会場はある。
そろばん忍術大会は、ここで行われるのだ。
「ジョニーがんばろうね」
華の子にいつか宿る自分の子のために、そして華に本場のホットドックを
腹いっぱい食べさせてやるために、ジョニーはこの大会で必ず
優勝しなければならないのだ。
しかし、そんなジョニーの目の前になんと、金のそろばんを持った奴が
立ちはだかったのだった。
金のそろばん、それは、伝説のそろばんであった。

107 :98:2015/05/21(木) 19:40:19.83
今、ジョニーの背後に迫る影。
「き、きさまは」
「ふふふ。よくわかったな」
大会も中盤を迎え、世闇の中から浮かび上がるように現れたのは、
なんと前回優勝したドイツ人何某であった。
彼は日本にタイヤを売りに来たとき、暴漢に襲われたところを
忍者に助けられたのがきっかけで、今日まで忍術修行を欠かさず続けてきた
つわものだ。
外人だけにガタイもいい。
「やべ、逃げろ」
 尻尾巻いて逃げようとしたジョニーは、後ろ襟を掴まれ咳き込んだ。
猫の首掴むように、ジョニーはひょいとドイツ人に釣り上げられている。
「まあ、待たれよ日本人。どうだ。拙者と組もうではないか」
「なに。どういうことだ」
「わたしは出自がドイツゆえ、ホットドックには興味がない。帰ればいつでもママ
の手作りホットドックが食べられるからな。しかしわたしは準優勝の商品。
『若干伝説っぽいそろばん』が欲しいのだ。わたしは、ここ日本で、
そろばん忍術を極めたい。そのためには、『若干伝説っぽいそろばん』が
糒のだ! 伝説の純金のそろばんなど、いらぬ」
ドイツ人はそう言って、金のそろばんを投げ捨てた。
「なんと!」
ジョニーはそのそろばんをすぐさまひろいあげ、そしてすぐさま大会を棄権した。
なにしろ、ジョニーは金の延べ棒ならぬ、金のそろばんを拾ったのだ。
そしてジョニーはすぐさま金のそろばんを換金し、みんなでドイツ旅行へと行くのだった!

108 :99:2015/05/21(木) 20:02:01.40
「うぬうー。彼奴め……。目の前の欲にかられ、自らの向上を放棄するとは……。許すまじ!ジョニー!」
ドイツ人は憤怒の形相となって、あらゆる手を使い、ジョニーのドイツ旅行を妨害しようと画策し始めた。
ジョニーは勝手に終生のライバル認定をされてしまったのだった。

109 :100:2015/05/21(木) 21:25:29.58
「グーテンターッグ」
 ジョニーは、ドイツ語の習得に余念がなかった。
女性しってなんだ、男性しってなんだ。なんで言葉に性別があるのか意味が
まるでわからない。
 ドイツ語のあまりの難解さに、心が折れそうになる日々。
 そんなジョニーを支えてくれたのは華であった。
「イッヒ ホットドック!」
 おそらく華はホットドックを食べたいと言っているが、「私、ホットドック」
という片言になっていることは間違いない。
 それにしても、そろばん忍術大会の優勝賞品を逃したのはやはりもったいなかった
だろうか。
 金のそろばんを換金して、その金にドイツに行くのは惜しいような気がしてきて
しまう。
 もっと投資とか、一生遊んで暮らすためには有意義な使い道があるはずだ。
 それなのに、ドイツへ行くなんてムダ金……。
 ジョニーは思いつめ、気が付いたら大金を抱えて一人逃走をはかっていた。
 どこに行くんだ俺。
 何をしている俺。
 これじゃあ、どろぼうじゃないか。
 いや、どろぼうじゃない。だって、金のそろばんは俺が拾ったものなんだ。そうだ。
よく考えれば、このお金はもともと俺だけのものだ。
 ってことで、俺はこの金で豪遊するぞ。
 そう思ったときだった。
 なんと、そんなジョニーの目の前に、UFOが現れたのだった。 

110 :101:2015/05/23(土) 08:34:33.03
金のそろばんを換金してできた500万。
それを持ち逃げしたジョニーの前に現れたUFO。
それは、UFOかと思いきや、空から降ってきたのは円盤型のカップ焼きそばだった。
「おお、天の恵み」
空腹だったジョニーはそのカップ焼きそばを食べようとした。
だがしかし! お湯がない。
ジョニーはお湯を求め、再びさ迷うのであった。

111 :102:2015/05/23(土) 10:23:26.04
お湯がない上に、追っ手が迫る!
もはや華のこともどうでもいい。
今はわが身が大事だ。
人としての誇りも捨て、忍びとして生きることも放棄したジョニー。
全てが彼の敵となる。
そろばん塾も、追っ手の一つになっていた。
その先頭を行くのは裕司だった。

「やきそば……」
お湯をもらうためにコンビニを探して山中をさまようジョニー。
もうこの際お湯なしでかじろうか。
そんな考えが頭をかすめたとき、再び目の前に何かが現れた。

112 :103:2015/05/24(日) 14:32:56.16
「ふふふふ。もう逃げられぬぞジョニー」
ジョニーの目の前に現れたのは、裕司だった。
その手には、ジョニーに見せびらかすかのように
やかんが握られている。
「き、きさまそのやかんはまさか」
「そうだ。そのまさかだ。このやかんにはお湯が入っているのだ」
「なんと。裕司。かくなる上は、きさまを倒してそのお湯をもらうまで」
ジョニーは道中で手に入れていた棍棒を刀の代わりとし、裕司に向かって構えた。
「やる気か」
裕司の顔から笑みが消えた。

113 :名無し戦隊ナノレンジャー!:2015/05/24(日) 23:55:29.45
よんでねーよばーか

114 :104:2015/05/25(月) 06:34:02.98
「やらぬ」
裕司はそう答え、やかんのお湯を差し出してきた。
「無断な争いは避けたい。この湯をやるから仲直りしよう」
そう言われ、ジョニーも素直に受け止めた。
新緑の中、二人でUFO型のカップ焼きそばを食べ、いかに自分が愚か
だったかを悟ったジョニー。
裕司の目的はこれであったのかもしれない。
「帰ろう、ジョニー。ぼくたちのそろばん塾へ」
ジョニーは裕司の言葉に肯いた。
「うんそうする」
だが、そのときだった。
「これはもらったあ!」
はっと二人が気づいて振り向いたときにはもう遅い。
何故か華が、500万円入っていたジョニーの袋を手に取り、
宝かに笑っている。
「よくも裏切ってくれたわね。わたしはジョニーを絶対に許さない」
華はそう言い放ち、走り去ってしまった。
普通に盗難事件が発生したのである。
「おい待て華ー!」
二人は、すぐさま華の後を追い始めた。

115 :105:2015/05/25(月) 09:26:41.53
まさか!あの華が!?
僕らのマドンナの華が……
信じられない思いのジョニーは、ある一つの可能性に思い当たった。
(まさか……華……。誰かに操られてるんじゃ……?)
心当たりはなくもない。
自分を恨んでいるであろう、あの男。
金のそろばんを持っていたドイツ人だ。
いや、それとも顔に泥を塗られた形になってしまった道場主の久保だろうか?
(俺には敵が多すぎる……)
自嘲気味に笑って、ジョニーは隣を走る裕司にちらっと視線を送るのだった。

116 :106:2015/05/25(月) 22:37:53.30
そんないやらしい目で見られても困る。
と、裕司は思うのだった。

確かに、かつて裕司はジョニーの風呂を覗くような愚行をした。
しかしそれも全て修行の一環。
よもやそれをジョニーは勘違いしているのではあるまいか。
裕司はいつもそんな不安にさいなまわれていた。
それはさておき、華も華だ。
裕司は、華の後をおいながら深いため息を吐いた。
500万など持ち逃げする必要はないのだ。
なにせ、久保の愛人である華は、彼が小説のコンテストで大賞をとった
賞金一千万を全てもらっているはずなのだから。
久保は、これから小説家として新たな人生をスタートさせるであろう。
そのとき久保がパートナーとして選ぶのは果たして誰なのか。
真理子か、華か、はたまた、俺、裕司なのか!!??

117 :107:2015/05/26(火) 09:17:21.77
(いや、俺だな……)
裕司の思念を読み取ったジョニーはそう思い、ほくそ笑んだ。
久保は必ず俺を選ぶ。
なぜなら、そうせざるを得ない理由が彼にはあるからだ。
(俺は久保の弱みを握っている)
そう。彼が忍びとして独り立ちする際に犯したあること。
久保はひた隠しにしているが、ジョニーは偶然それにかかわった。
それはジョニーだけが知る真実だ。
(俺が金のそろばんを持ち逃げしたのも、すべてはそのため……)
華が金を持ち逃げしたのもそれ故だと、ジョニーだけが知っている。
華の心が千々に乱れていることも手に取るようにわかっていた。
彼らの相関図はもはや訳わからない感じになっている……。

118 :108:2015/05/26(火) 20:22:27.05
そう、久保の秘密とは……。
なんと、久保はゴーストライターならぬ、ゴースト忍者だったのだ!
そのために彼には金が必要だったのだ。
久保が偽忍者だと知るのは、ジョニーのみ。
そのことが忍者カンパニー本部にもれれば偉いことになる。
ジョニーは知らぬ存ぜぬを通してきたが、幹部に久保の秘密が
見つかってしまった今、口封じのために金が必要だった。
だがしかし、まさか華が幹部だったとは……。
迫真の演技で、裕司には真相がばれずに済んだが、この先どうなるものか。

そのころ、真理子は手に包丁を構え、久保に迫っていた。
「よくも、私のアイディアを盗んだわね! この、ゴーストライターが!」
なんと久保は、ゴースト忍者だけではなく、ゴーストライターでもあったのだ!

119 :109:2015/05/26(火) 20:27:29.62
「し、しかしおまえには文才というものがまるでないじゃないか」
「なんですって、このハゲだるま」
「は、ハゲだと。きさまなぜそれを」
「夫婦だもの。あんたがハゲてることくらい周知の事実よ」
「そこ間違ってる! だからおまえに小説を書くのは無理だと言ってるんだ」
「だからって私のアイディアをパクって自分の名前で本を出すなんてひどいわ
! このゴースト!」
真理子は、雄叫びをあげながら久保に襲いかかっていった。

120 :110:2015/05/26(火) 21:08:29.51
「ふんぬ!」
気合いとともに久保は真理子の突きを受け止めた。
「まだまだだな……。ばれてはしょうがない。長年連れ添った最愛の人だが、それも今日でおしまいだ……。真理子よ。永遠に……」
「あ、あなた……。何を?」
ビリビリっと電流が真理子の体を襲った。
カクンと気を失った真理子。
妻であった女を、久保は無表情に床の上に放り投げた。
「このそろばん塾の真の姿を見せる時が来たようだ。ジョニー。早く帰ってこい」
そう言って、久保はニヤリと笑った。

121 :111:2015/05/27(水) 05:45:46.13
その頃ジョニーは、久保塾へと急いでいた。
なにか、嫌な予感がしたのだ。
久保と真理子と華の三角関係が修羅場を迎えているのかもしれない。
いや、四角関係だ。
ジョニーと真理子は本当はできていたのだ。
もしそのことが久保にばれたら、ただでは済まない。
真理子、無事でいてくれ。
ジョニーは久保塾へとひた走った。

122 :112:2015/05/27(水) 20:46:41.44
しかし、真理子のもとへ急ぐジョニーの前に、再び強敵が現れた。
誰が捨てたのであろう、バナナの皮。
ジョニーはそれをふんずけ、仰向けにひっくり返った。
あろうことか後頭部を強打し、気絶。

気づいたときには、ジョニーは病院のベッドに寝かされていた。
そして、すべての記憶を失っていたのだった。

123 :113:2015/05/27(水) 22:24:14.42
「私がきっとジョニーの記憶を取り戻して見せるわ」
「いいや。ジョニーを看護するのは俺だぜ」
「ふ……君らのような子供に任せてはおけない。ここは大人の包容力でジョニーを癒してやるさ」
「あら、それなら、私の方が適任でしょう。あなたたちはあちらで忍者ごっこでもしてらっしゃい」
華、裕司、久保、真理子。
四人がジョニーのベッドの傍で言い争っている。
誰が最良のポジションを手にするのか。
ジョニーはここにきて、まさかのモテ期を迎えていた。
「あなたがた、誰なんです?」
記憶を失った当の本人は全くそのことに気づけぬまま、時だけが過ぎていった。

124 :114:2015/05/28(木) 06:31:34.55
「気が付いたのね、ジョニー!」
華が、ジョニーの手を取って言った。
 やばい。このままでは、ジョニーが華に洗脳されてしまう。
 そう焦った裕司は、先手必勝とばかりにこう言い放ったのだった。
「ジョニー! おまえはアザラシなんだ!」
 なぜそんな言葉が出たのか、裕司自身にもわからなかった。 だがジョニーは
それを信じた。
「なんと、俺はアザラシだったのか!!」
 そう叫ぶと、ジョニーは病院のベッドの上で、「あうあうっ」と
花瓶を頭に載せ芸を始めた。ジョニーのアザラシショーの開演である。

125 :115:2015/05/28(木) 08:31:43.85
ジョニーのアザラシショーは大盛況に終わった。
拍手喝采の中、ジョニーは本当に自分をアザラシだと思い込んでしまった。
そしてその結果、日本語を忘れてしまったのだった。
そして、飼い主を裕司だと思い込んでいたのだった。

126 :116:2015/05/28(木) 09:03:19.18
「アウアウッ」
「このう、ウイ奴め!」
ジョニーと裕司の種を越えたラブラブ状態に、ハンカチの端を噛んで悔しがる華。
そんな三人を淀んだ暗い目で見つめる久保。真理子はいつの間にか姿を消していた。

127 :117:2015/05/28(木) 17:34:08.91
華は、家に帰り、傷ついた心を癒すため、そろばんをはじいた。
初心に帰るつもりだった。
よくよく考えれば、華はそろばん塾に通っていたのだ。
そこで出会った人々とさまざまなことがあったが、華はなにより
そろばんが好きだ。
華はしばらく無心でそろばんをはじくのだった。

128 :118:2015/05/29(金) 21:45:01.90
しかし、気もそぞろだからか、いくらやっても計算が合わない。
こんなことはついぞなかったことだ。
そろばん塾でも優秀な生徒だった華なのだから。
「やっぱり、ジョニーと向き合わなくちゃ」
自分に言い聞かせるように言うと、華はそろばんを手に立ち上がった。
そして、いまだアザラシのままであろうジョニーのもとに向かおうとそろばん塾を出た。
そこに立ちはだかったのは真理子。
「華。私たち、手を組まない?」
まさかの申し出に唖然とする華。
そんな華に、真理子は茶色の小瓶を差し出した。
「これは、ジョニーを元に戻すための秘薬よ。ほしいでしょう?」
生つばを飲み込む華に、真理子は妖艶な微笑を向けた。
「ジョニーの記憶を取り戻す方法は、ただ一つ。この秘薬だけなのよ」

129 :118:2015/05/29(金) 21:45:41.74
はじきながら、華はなにげなくテレビを見ていた。
そこで行われていたのは、剣道の世界大会だった。
十数年ぶりに、剣道の世界大会が日本で
行われているらしい。
気づけば、華はそろばんをはじく手をとめ、世界各国の
選手が集まり剣道をしているそのテレビに釘づけとなっていた。

「そうだ! 剣道をやろう!」
すべてをリセットするにはそれがいい。そんな風に華は思うのだった。

130 :120:2015/05/29(金) 21:49:14.08
私、剣道をする。

華は心に決めた。
奪われて初めてわかったジョニーへの愛。
アザラシとなってしまったジョニーを裕司から奪うにはそれしかない。
すべてをリセットするしかないのだ。

華は真理子からもらった秘薬と、何故か家にあった竹刀を手にし、
ジョニーの下へと急ぎ向かうのだった。

131 :121:2015/05/30(土) 21:34:15.10
しかし、剣道など一朝一夕にしてなるものではなかったのだ。
それにしてもジョニーの暗示は解かなけれなばならない。
なにしろ、彼はいま自分をアザラシだと思っている。
それはあまりにも気の毒ではないか。あまりにも。。。

132 :122:2015/05/31(日) 07:06:55.76
「華が来る!」
裕司はジョニーを連れ、病院を抜け出した。
そのあとをひそかに久保が追う。
剣道が使いものになるまでは華が姿を見せることはないだろう。だが、時間の問題だ。
華がジョニーを元の戻した一瞬の隙を狙って、ジョニーを奪わなければならない。
その時しか、ジョニーを我がものにできるチャンスはないのだ。
そして、邪魔者は排除する。

133 :123:2015/06/01(月) 08:03:00.28
裕司の考えていることなど、華には手に取るようにわかる。
待ち伏せをしていた華は、まんまと裕司からジョニーを奪ったのだった。
憐れ、アザラシとなって芸を続けるジョニーを背負い、華は久保塾へと向かった。

134 :124:2015/06/01(月) 12:34:23.32
「可愛いわね」
無邪気に芸を続けるジョニーに、思わず顔がほころぶ。
心の底から笑ったのなんていつ以来だろう。
やっぱりジョニーがいなくちゃ……。
「さあ、ジョニー。これをお飲みなさい」
そういうと、華はおもむろに秘薬を取り出した。
芸のご褒美が貰えるのかとでも思ったのか、ジョニーが催促するように顔の上に乗せたボールを一段と速く回し始めた。
「ふふ。焦らなくても大丈夫。今あげるから……」

135 :125:2015/06/01(月) 22:02:56.26
ジョニーはひとしきり芸を見せてから、その褒美もらった秘薬を口にした。
一気に飲み下し、ジョニーは我に返った。
「お、俺は一体今まで何をしていたんだ」
「ジョニー。良かった。意識が戻ったのね」
「そうか。俺は今まで気を失っていたのか」
「え、ええ。そういうことにしておいたほうがいいと思うわ」
アザラシになっていたなど、とても言えない。

136 :126:2015/06/02(火) 06:38:59.18
そんなジョニーの傷ついた心を癒すには、
何かに打ち込むのが最も良いだろう。
そう考えた華は、ジョニーに一振りの木刀を渡すのであった。
「これで勝負よ、ジョニー」
ジョニーははっと顔を上げ、ただただ華の真剣な眼差しの前に
呆然と立ち尽くすのであった。

137 :127:2015/06/02(火) 14:27:21.61
「ジョニー。あなたは大切な人。これからはふたりで一緒に生きていきましょう
にっこりほほ笑む華に、顔を赤らめるジョニー。
やっと二人の気持ちが通じ合った。
そう思えた瞬間だった。

138 :128:2015/06/02(火) 20:09:19.52
華がいきなりジョニーにむかって打ち込んできたのだ。
とても素人とは思えない振りの鋭さに、ジョニーは避けるのがやっとだった。
「さすがくノ一だな」
額に汗を浮かべるジョニーを尻目に、華は口端にうっすらと笑みを浮かべていた。

139 :129:2015/06/02(火) 21:23:21.43
やはり、どうあっても戦いを避けては通れないらしい。
そこへ裕司と久保も駆けつけてきた。
「ジョニーと戦うのは俺だぜ!」
「いいや。強い奴と戦うのは、この俺と決まっている」
「やっぱり、こうなっちゃうか……」
残念そうにつぶやいた華だったが、すぐに気持ちを切り替えたらしい。
「ジョニー。まず戦うのは誰?」
「え、いや、俺は誰とも戦わない」
「そういうわけにはいかないんだ。お前に勝つ。そして、お前を俺のものにする!」
「は?」
「そういうことだ。ジョニー。忍びの後継者であるお前に勝てたものだけが、ここに留まることができるんだ。そして、お前と共同経営できるんだ!」
「いや。それ、スッゲーどうでもいい……」
ただ、算盤を弾いていた頃が懐かしい。
もう一度逃げるか。
こうなれば、何度だって逃げてやる。

140 :130:2015/06/03(水) 06:23:36.27
ジョニーは風のように立ち去った。
流石のジョニーの技の前に、華も裕司も成す術もなかった。
「ま、負けたわ」
その華の言葉に、裕司も嘆息を洩らす。
「ああ。やはり、あの大仕事をこなせるのは奴しかいない」
そこに久保が現れて言った。
「おまえたちがそう認めるのならば俺はもう何も言うことはない。
これで決まりだ。あの大仕事は、ジョニーに任せる」

141 :131:2015/06/03(水) 08:07:03.89
ジョニーはそんな大仕事を任されることなど露知らず、
一人立ち去った先のカフェでキャラメルマキアートを
優雅に飲んでいた。
ああ、おいしい。やはりコーヒーは甘いのに限るぜ。
そんなのどかな一コマに、旋風が巻き起ころうとしていた。

142 :132:2015/06/03(水) 20:40:38.73
「このキャラメルマキアートは私がいただくわ」
「あ、真理子さん!」
「返して欲しかったら、私の言うことを聞くことね。ジョニー」
「か、返してください!俺のキャラメルマキアート」
「だったら、私の言うこと、聞く?」
「はい。聞きますよー」
「あなたはこれから大きな仕事を任されることになっているわ。でも、それを断りなさい。久保の言いなりになんかなっちゃダメよ。あなたは私の言うことだけ聞いていればいいの。分かった?」
「……俺は、もうあの人たちに関わりたくない」
「そうね。あなたはもう十分苦しんだ。そろそろ縁を切ってもいい頃よ。さあ、キャラメルマキアートを返してあげる。その代わり、私についていらっしゃい」
ジョニーは真理子からキャラメルマキアートを受け取り立ち上がった。
だが、すぐに不敵な笑いを浮かべた。
「あなたはまだまだ俺という人間を分かっていない。俺は俺に与えられた使命を全うする!」
ここにきて妙な責任感を目覚めさせたジョニーだった。

143 :133:2015/06/03(水) 21:53:16.13
ジョニーは真理子から奪いかえしたキャラメルマキアートを飲みほし、
今度はキャラメルフラペチーノを頼んだ。
代金は真理子に付け、店を出たジョニーは久保塾へと向かった。
なにがなにやらわからなくなっているこの状況。
とにかく原点である久保塾へ帰り、よくよく考えたいと思ったのだ。

144 :134:2015/06/04(木) 08:42:50.74
一度記憶を失ったジョニーは自分が何者かわからなくなっている。
自分はただのそろばんの天才児なのか、はたまた忍の跡取りなのか、
それともアザラシなのか。
だれか、だれか答えを教えてくれ……。
すがるように手を伸ばしたジョニー。その先には、あいつが立っていた。
いよいよそのときが来るのかもしれない。

145 :135:2015/06/04(木) 10:11:51.06
「しかし君はその大きな仕事を引き受けるまえに、少し躰を鍛えねばなるまい」
確かに、謎の覆面を被った男が言う通りだった。
ジョニーは長年の潜伏期間がたたって、躰がなまりきっていたのだった。
まずは筋トレだ!
ジョニーはダンベルを手にし、一気に千回、ダンベル体操をやり遂げた。

146 :136:2015/06/04(木) 10:22:41.75
「く……さすがにやりすぎた……」
しかし鍛錬の日々は始まったばかりだ。
ここで投げ出しては元の木阿弥。
ジョニーは漢気を出して、続けて山岳ランをスタートさせた。
まるで高野山の修験者のように、熊野の山を走る走る……。
これにて心肺機能の強化終了……。

147 :137:2015/06/05(金) 13:02:45.16
続いてジョニーは遠泳に挑んだ。
沖へ沖へと泳いでいくと、潮の流れの速さにあらがえず、どんどん流されていく。
しかし、本人は気付いていない。
そして、とうとう無人島に辿り着いてしまった。
筋骨隆々となったこの身体。
はたして使い道はあるのか!?

148 :138:2015/06/06(土) 20:21:07.81
無人島に流されてしまったジョニー。

こういうときは慌ててはいけない。
ジョニーはこれまで培ってきた精神力を活かし、
狼狽えることなく浜辺に座った。
座禅を組み、ジョニーは目を閉じ、瞑想を始めた。
そしてそのまま眠ってしまった。

149 :139:2015/06/06(土) 21:09:21.35
目が覚めたジョニー。
燦々と降り注ぐ日の光に目を細めながら辺りを見渡せば、鬱蒼としたジャングルが目に飛び込んできた。
「これは、いよいよ漂流記か?」
そろばん塾でのゴタゴタを思えば、人気のない静かなこの環境が嬉しくさえ思えてくる。
よいしょと立ち上がり、ジャングルへと向かった。
とにかく何か食べるものを見つけなくては。
無人島に漂着した者のセオリー通り。
ジョニーは食べられるものを求めて、ジャングルへと分け入った。

150 :140:2015/06/08(月) 15:52:05.78
ジョニーはすぐに順応した。
やはり彼は天才なのだ。
一度覚えたことは忘れない。だから、以前、興味本位で読んだサバイバルの本の知識もここで存分に生かせた。
さらに、屈強な肉体を得ていたので、慣れないサバイバルも難なくこなせた。

泥水を清潔な水に濾過することに成功、雨水を貯水することにも成功した。
また、見よう見まねで作った釣竿で魚をとらえることに成功した。さらに島に飛来する海鳥、また生息している野兎や野鼠の狩りもできるようになった。
しかしそれでは効率が悪いと感じたジョニーは、やがてウサギを繁殖させ、牧場をつくった。
次いで芋や野草類の栽培にも成功。

安定した食料を手に入れていた。

だが、ジョニーはむなしかった。
これであのしがらみから抜けられる、せいせいした。
そう思えたのは最初だけだった。

151 :141:2015/06/08(月) 16:00:41.09
漂流して1年が過ぎ、2年が過ぎた。
すぐに助けが来るだろうと思っていたが、甘かった。
誰もジョニーが遠泳に出ているなんて知らなかったのだから。

話し相手もいない、日々を生きることにだけ精一杯の日々に、ジョニーは疲れ切っていた。

俺はどうしたかったのだろう?
こんなはずじゃなかったはずだ。

そうだ、俺はそろばんがやりたかったのだ。
いや、正確にはそうじゃない。
「塾」というものに通いたかったのだ。

義務教育の押し付けられた学び舎ではない、同じ目標を持った仲間と学び、競いたかったのだ。

・・・そうだ、そろばんをしよう。
ふと、ジョニーは思った。

暗算が得意な自分にとって不要なものだったそろばん。
でも、今はあのパチパチというリズミカルな音が懐かしい。

あのそろばんをつくり、もういちど学びなおそう。

152 :152:2015/06/08(月) 17:09:23.60
しかしジャングルでは、なかなかそろばんにふさわしい木は見つからなかった。
ツルのような木ばかりだ。
ジャングルを歩き回り疲れて座り込んでいたジョニーは、目の前に今までのジャングル生活で見たことのないものを見てしまった。
それは黄金に輝く高木だった。

153 :143:2015/06/08(月) 17:26:12.89
その黄金色に輝く樹木は、驚くほどそろばんに適した素材だった。
その質感、はじいた時の音、集中力を向上させるかぐわしい香り・・・。
どれをとっても一級品だ。

さて、そろばんをつくったら、今度はその学習だ。

学ぶと言っても、本来なら教科書が必要だ。

だが、ジョニーには必要なかった。
ジョニーは、久保の一言一句、教科書一字一文、全てを映像・音声として脳内に記憶していた。
記憶の糸をたどれば、それら全てを明確に思い出せる。
この時ほど自分の驚異的な記憶力に感謝したことはなかった。

学べる・・・。自分の頭の中とはいえ、久保の声で、そろばんを学ぶことができるのだ。

そろばんは、手元にはない。
「欲しいもんがなけりゃつくる。大阪では常識や」
いつか久保が言っていた言葉を思い出し、工夫しながらそろばんを自作した。

そして、ジョニーは必死でそろばんを復習し続けた。

154 :144:2015/06/08(月) 17:31:10.92
いつしか、ジョニーには夢ができていた。
「久保塾の再建」だ。

あんな訳の分からなくなってしまった久保塾じゃない、自分の知っているそろばんの学び舎たる久保塾をつくるのだ。

いつかあの下町に帰れたときに、いや、帰れないならどこでだって構わない。
久保塾を・・・あの久保塾で過ごした日々をもう一度味わいたいのだ。

「欲しいもんがなけりゃつくる。大阪では常識や」
そうひとりごちると、慣れた手つきで黄金の木を加工し、そろばんを組み上げ始めた。
こうしてまだ見ぬ生徒のための光り輝くそろばんは、増え続けていった。

155 :145:2015/06/08(月) 20:38:24.44
今日も夢中でそろばんをつくるジョニーの傍らに、一匹の猿が
近寄ってきた。
気づけば、いつのまにかジョニーは猿の群れに囲まれている。
眼が合うと、猿たちは急に歯を剝き出しジョニーを威嚇し始めた。
キーキーと、猿の大合唱の中、ジョニーは恐怖に居竦んだ。

156 :146:2015/06/08(月) 20:43:47.81
「なんだ、バナナが欲しいのかおまえたち」
ジョニーは平静を装いながら猿たちに声をかけた。
「ウキキ」
猿たちは首を振る。
どうやら人間の言葉がわかるようだ。
「違うのか。じゃあなんなんだ。俺はおまえたちに害をあたえる気はない。
俺は都会の喧騒を離れ、この離島に流れ着いて初めて生きた心地がしている。
おまえたちを仲間と思ってるんだ」
ジョニーはそう言った。

157 :147:2015/06/08(月) 20:47:12.27
すると猿たちは「ウキッツウキッ」となきつつ、
ジョニーがこれまで作り上げてきたそろばんの山を指差した。
「まさかおまえたち、これが欲しいのか?」
猿たちは「ウキウキ」と肯く。
「だ、だめだこれは。これは、まだ見ぬ将来のそろばん塾の生徒たちの
為に俺が一生懸命……」
まだ言い終えぬジョニーを蹴倒す様にして一匹の猿がそろいばんに跳びかかった。
それを合図に集まっていた猿たちがそろばんに殺到した。

158 :148:2015/06/08(月) 23:14:02.00
シャカシャカシャカシャカ……。
まるでマスカラを扱うかのように、リズミカルにそろばんを振る猿たち。
「お、おい、やめろよ。俺が心血を注いで作ったそろばんたちだぞ」
ジョニーが慌てて猿たちを止めようとした時だった。
今まで不規則だったシャカシャカが、まるで合わせたように規則正しいリズムを奏で始めたのだ。
「え?」
ジョニーが息を飲んだ、その時。
黄金のそろばんが一斉に輝いた。
眩い光に目をそらしたジョニーは、猿たちの歓声を遠い出来事のように聞いていた。
その歓声がおさまった頃。
目を開けたジョニーが見たものは……。

そろばんを手に立ちすくむ、可愛い子供達だった。

159 :149:2015/06/09(火) 16:56:23.35
「お前たち、誰だ?」
唖然とするジョニーに、子どもたちの中でも年長と思われる子どもが前に出た。
「僕たちは、ある魔法でサルに変えられていたんです。あなたが黄金のそろばんを作ってくれたことで、その魔法を解くことができました。ありがとうございます」
「なんで、こんな無人島でサルに?」
「それは……」
そうして、ジョニーは子供たちの壮絶な体験を聞くことになった。

160 :150:2015/06/10(水) 21:03:57.54
子供たちの話は日が暮れ、夜が明けても続いた……。

「ちょっと休憩しない?」

ジョニーはそう切り出したかったが、とてもそんな雰囲気ではなかった。
子供たちの代表の話は、一冊の本として出版できそうなくらい、波乱万丈、奇想天外なものだった。

161 :151:2015/06/11(木) 09:17:44.68
子供たちの話が3日目を迎えたころ、ジョニーは朦朧とする意識の中で言った。

「わかった。とにかく、お前たちは家に帰りたいわけだな。」

話をさえぎられて少し不満顔ながら、年長の少年──名は彦摩呂というらしい──はうなずいた。

「残念ながら、家に帰るのは難しそうだ。もう何年もここにいるが、近くに船は通らないし、助けが来る気配はない。俺の知識を駆使すれば、日本に帰れる可能性は高いものの、俺一人では人手に限界がある」

子供たちに動揺が広がる。

「安心してくれ。それは今までの話だ。だが今はお前たちがいる!お前たちが手伝ってくれれば、きっと日本に帰れる!」

そうか!やったー!
口々に歓喜の声を口にする。

「ただ、お前たちはまだ幼いし、この俺の知識をもっと吸収してもらわなければならない。日本に帰れたときに、義務教育に復帰できるための最低限の知識も必要だ。だから──」

子供たちの視線が集まる。

「ここに、『久保塾』を開校する!」

わああああ!
戸惑いながらも、また学ぶ場を得て、子供たちは嬉しそうに笑った。

造船術、航海術、備蓄食料のための農業、そして国語、社会、理科、英語、なにより算術、そろばん。教えることはたくさんある。

ジョニーは生きる力が全身にみなぎるのを感じていた。

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